巨人田原誠次トライアウト結果やその後は引退!【戦力外通告2020】

2020年12月29日に放送される「プロ野球戦力外通告」に元巨人の田原誠次選手が出演されます。

田原選手は戦力外通告が始まった今年の11月2日にいきなり戦力外通告を受け自由契約に。

現役続行のために12月7日に行われたプロ野球合同トライアウトに参加されていました。

果たして田原選手は現役続行となったのでしょうか。

この記事では、田原誠次選手の高校・大学(経歴)や年俸とトライアウトの結果などについて紹介していきます。

元巨人・田原誠次の高校大学や経歴プロフィール!年俸も【プロ野球戦力外通告2020】

プロフィール
  • 名前:田原 誠次(たはら せいじ)
  • 生年月日:1989年9月2日(31歳)
  • 出身地:宮崎県 延岡市
  • 身長・体重:181cm・85kg
  • 投球/打席:右投げ/左打ち
  • ポジション:投手
  • プロ入り:2011年 ドラフト7位
[aside]学歴・経歴など

  • 聖心ウルスラ学園高校(宮崎):2005年~07年
  • 倉敷オーシャンズ(現在は三菱自動車倉敷オーシャンズ):2008年~11年
  • 読売ジャイアンツ:2012年~20年
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年俸推移
2012年700万円
2013年1,500万円
2014年1,300万円
2015年1,500万円
2016年1,800万円
2017年4,500万円
2018年3,600万円
2019年3,600万円
2020年3,200万円

田原選手は聖心ウルスラ高校時代に野手から投手に転向。

転向当初は制球難という事もあり高校時代にサイドスローに変えたという。

高校最後の夏は県大会2回戦で敗れており甲子園に出場する事はありませんでした。

卒業後は、倉敷オーシャンズに入社。

仕事の傍ら野球にも打ち込み2009年からチームの主力として活躍するも、全国的に注目を集める選手ではなかったようです。

しかし、2011年に巨人からドラフト7位で指名を受けて入団

どうやら2011年の都市対抗野球に中継ぎとして3回を無失点に抑えた田原投手を偶然見かけたスカウトが、将来を見込んで獲得を提案したとか。

同期入団には今村信貴投手や高木京介投手がいます。

投手としての特徴はサイドから繰り出されるストレートや多彩な変化球。

そして、緩急で大きくタイミングを外せるスローカーブが武器。

 

家族:妻嫁(奥さん)は大隈住子さん!子供も2人いる

田原選手は2017年に大隈優子さんと結婚されており2人の子供がいます。

2人は社会人時代に知人の紹介で知り合い2013年に交際をスタート。

交際当時優子さん福岡に住んでおり、遠距離恋愛ながらも愛を育んだようです。

また、愛子さんには結婚当時6歳(現在は10歳)の長男・颯汰くんがいたようで田原選手はすぐ父親に。

現在は優子さんとの間に誕生した1歳の長女・優雫ちゃんの4人家族になっています。

 

プロ野球での通算成績!

プロ入り後は主にリリーフ投手として活躍。

先発したのはルーキーイヤーであった2012年の1試合のみ。

1年目から30試合に登板して初勝利を挙げるも、ケガにも悩まされ1軍に中々定着出来ず。

そんな中で、2015年のシーズン後半に1軍に定着すると約20試合の登板で防御率1.00と素晴らしい成績をマーク。

翌年は野球賭博問題で高木投手、笠原将生投手、福田聡志投手がクビになった事で中継ぎ陣の層が薄くなり、さらにリリーフ陣のケガも重なって中継ぎの主力に台頭。

その結果、マシソン投手に次いで2番目に多い64試合に登板してブルペン陣を支えました。

ただ、2017年以降はブルペン事情問題や若手の台頭も重なって下降線を辿りピンチで打たれる事も。

そして、2020年はプロ入り後初めて1軍での登板が0。

2軍では最多の35試合に登板するも防御率7.06と成績を残せず、そのまま戦力外通告を受ける事に。

NPBでの通算成績(9年間)
年度試合防御率勝敗・H・S投球回
2012年323.262勝0敗7H30.1
2013年76.000勝0敗9.0
2014年202.890勝1敗3H18.2
2015年181.001勝0敗4H18.0
2016年64 3.464勝3敗14H54.2
2017年 272.89 1勝1敗1H28.0
2018年29  2.562勝0敗1H31.2
2019年254.322勝2敗5H16.2
2020年登板なし
通算成績2223.1312勝7敗35H207.1

 

2018年の契約更新で首脳陣にブルペン改善を訴えて話題に!

また、田原選手が話題になったのが2018年のオフ。

契約更新を保留し、ブルペンと首脳陣のコミュニケーションが上手く取れてない事を訴えて注目の的に。

3年連続でブルペンの環境改善を訴えてきて、変わらず毎年のように『今年は良くなるから』っていうことしか言われなくて…。今回は保留することにより、少しでも多くの人に『僕らはこんなひどい環境で野球をやっているんだよ』というのを知ってほしかった

(引用:https://www.excite.co.jp/)

首脳陣批判とも捉えかねない上記の発言は賛否両論を巻き起こしました。

田原選手が指摘した3年間は高橋由伸監督時代であった2016年~18年の事。

当時のブルペンの状況について

100%で行きたいにもかかわらず、50~60%の状態で行かされるっていうのがほぼほぼ。そろそろ自分だから準備しようかなと思ったら『まだ(肩を)つくらなくていいよ』と。『じゃあ、待機しておきます』と言ったら、『やっぱり、ここから行くよ』ってなる場面が多々あった。何も言われていない状態で急に行かされることも。シーズン序盤から『去年よりひどいな』っていう感じで(リリーフ陣の)みんな多分、捉えていた

(引用:https://www.excite.co.jp/)

と語っていました。

また、田原選手が活躍した2016年の契約更新時の「全143試合中、128試合で投球練習を行い準備した」という発言からも、高橋監督就任直後からブルペンとベンチの連携がちぐはぐであった事が伺えます。

この3年間はチームの低迷期も重なり起用法にも左右された田原選手はいい時期に不運に見舞われたかと。

ですが、現在の原政権では宮本投手コーチは無理な連投をさせないような方針が見られますし、彼の訴えは決して無駄ではなかったでしょう。

 

田原誠次のトライアウトの結果やその後は?引退せず現役続行を目指す

そして、12月7日行われたトライアウトで田原選手は「打者3人を相手に被安打1・奪三振2」とまずまずの成績を残されます。

[aside]トライアウトの結果

  • 村上海斗(元巨人):空振り三振
  • 伊藤隼太(元阪神):右中間二塁打
  • 折下光輝(元巨人):空振り三振
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田原投手はトライアウト後自身のピッチングについて「このユニホームで投げられて良かったです。今日みたいな投球ができることをアピールできました」とコメント。

2人を三振に打ち取っているものの、戦力外になった選手から二塁打を打たれたのは痛かったかと。

そして、現時点ではスポーツ誌などでNPB球団が獲得の発表をしていない事からプロ野球界への現役復帰は断厳しい状況に。

その後、社会人時代の知人から九州の社会人チームを紹介してもらえる連絡が。

詳細は明かされませんでしたがユニフォームの色から宮崎にある宮崎梅田学園ではないかと言われています。

ただ、紹介されたチームは選手ではなくスタッフとして受け入れる形だったようで。

田原選手は子供のためにも投げている姿をもう1度見せるため、現役続行の道を模索しながらオファーを待つ事を決断。

単身赴任する事が決定的になり家族は故郷である福岡に戻るそうです。

※2021年3月9日に現役を引退する事を発表されました。