中日ドラゴンズ 倉門健投手コーチ 失踪 家族も連絡取れず?!

門倉健 失踪

中日ドラゴンズ コーチ 倉門健 失踪

プロ野球セリーグチーム中日ドラゴンズの2軍投手コーチ 倉門健(47)が26日付けで退団することになった。

球団関係者によると15日の二軍の練習から無断で欠勤しており、それ以降は姿を見せずに関係者の誰も連絡をとれていないようである。

翌日16日家族が愛知県警へ捜索願を出している。

引用:Wikipedia

球団には本人からの手紙が!?

なぜ姿を見せないのか分からないが、球団には20日の消印で2軍のマネージャー宛に郵送で

“一身上の都合により退団させていただきます。”

と書かれた文書が届いている。

書かれた文書の筆跡を家族が確認したところ、門倉健コーチ本人が書いたものと判断した。

球団はこれを退団届として受理し、退団を認めた。

チームはどのように受けとっているのか

中日ドラゴンズの加藤宏幸球団代表は今回のことについて

「本人とは全く連絡が取れていないが、無断で練習を休んだことも球団として重く受け止めており、(退団届を)受理することにしました。」

と説明し、退団させることを認めた。

また、門倉健コーチの後任に関しては、急な話として当面の補充は考えていないと発表した。

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ファンの反応

今回の出来事に関してツイッター上では安否を心配する声が続々とつぶやかれている。

門倉健さんのプロフィール

1973年7月29日生まれの47歳

出身は埼玉県入間市で1996年~2011年までプロ野球選手として活躍し、2013年~2015年/2019年~2021年まではコーチとして活躍していた。

中学時代時代から190㎝を超える身長があり注目されており、高校は埼玉県飯能市にある聖望学園高校に進学

高校3年生時の春季大会、春季関東大会、全国高等学校野球選手権埼玉大会のいずれも決勝戦で春日部共栄に敗れ、甲子園への切符をつかむことはなかった。

その後、東北福祉大学に進学し、ドラフト注目の選手となる。

1995年度のドラフト会議にて中日ドラゴンズから2位指名を受けて入団

同期には荒木雅博・渡邉博幸・益田大介らがいる。

引用:YouTube

NPBでは中日ドラゴンズ・近鉄バファローズ・横浜ベイスターズ・読売ジャイアンツと渡り歩き、2009年1月にはMLB(米プロ野球団体)のチームであるシカゴ・カブスのトライアウトを受け、見事合格してマイナー契約を勝ち取るも開幕直前の4月2日に戦力外通告を受けた。

しかし同年4月14日には韓国のプロ野球団体であるKBOからSKワイバーンズ契約したことが発表され2010年まで活躍したが、ひじの手術のため再契約しないことを告げられ退団した。

2011年1月には韓国のサムスン・ライオンズと契約するが7月21日にウェイバー公示され退団となった。

その後、2013年にサムスン・ライオンズで投手インストラクターになると2015年には1軍ブルペンコーチとなった。

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サムスン・ライオンズでは現東京ヤクルトスワローズ所属のリック・バンデンハークを指導し、その後の活躍に大きく貢献している。

2019年に中日ドラゴンズに2軍投手コーチとして復帰し松坂大輔などを指導するなどしていたが突然身を隠した。

まとめ
中日の門倉健コーチが行方不明ということですが、どうして無断欠勤をしてまで身を隠したのか、なにか避けられないようなトラブルがあったのか謎は深まるばかりですね~。選手やコーチ・監督をはじめファンの方みなさんが心配しているところからトラブルが起こるような方ではないと思いますが、まずは安否が気になるところです。

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